2016年1月23日土曜日

受け取ると歪まない

日本の風習で謙遜というのがありますね。


かわいですね⇨いえいえ




うまいですでね⇨いえいえ




すごいですね⇨いえいえまだまだです





いろんな場面で適応されますし、それが当たり前だとおもって使っていました。



ある時、ふと、気がついてしまった。




私は自分の事を猛烈に不細工だと思っている。



不細工はなにをやってもダメだと思っている。



何か得意な事があっても、さいごはでも不細工だしな、とか、わけのわからん使い方をする。



不細工だから、ファッションは個性的にとか



化粧も念入りに



目と目の間をいかに狭くするかを研究し続ける。



帽子好きなのも、もとをただせば顔を隠したいから


不細工だから、せめて個性的でいなくては



不細工だから性格良くならなければ

とか





何処へいってもなにをしても「不細工」が追っかけてくる。




娘が産まれておもった



かわいい




かわいい





かわいい





友人の赤ちゃんが産まれておもった



かわいい




かわいい



かわいい





娘が赤ちゃんじゃなくなって



今、ややこしい事やいろんな事をしてくれるけど



かわいい




友人の子どもも




かわいい




もちろんレッスンに来てくれる子ども達もかわいい



命がまるごとかわいくて




かわいいしかいいようがないのです。




なのに




自分の娘を



かわいいねっていわれて



ふーっと笑って一言も返せない私。




なんやったら、おもしろおかしく、そんなことないです的な言葉とエピソードネタを必死でさがす。




この作業にいつも違和感を感じていた。




自分の心に正直に生きるなら、かわいいと心底思っているのに




そうではない反応をしなければいけないと思い込んでる私に



自分で自分が苦しかった。




思い出した。




むかーし




むかーし




小さい頃



お母さん同士の立ち話で




お母さんの足元にくっついて



話が終わるのをまっている間にきいた会話



おばちゃんが「かわいーなーかなちゃん(私)」



お母さんが「いや、ほんま不細工や、目と目が離れてなーヒラメみたいで笑うやろ?」




ときいてその時知った。




私は不細工なんだ。だめなんだ。と。





お母さんはなんっちゃない、ただの会話の返しだし、


私を愛して育ててくれた事実は変わらない。本心ではないのが今ならわかる。




が、しかし、



こんな小さな小さな事が、




こんな小さな小さな事を、




1番信頼しているお母さんがいうんだから間違いない情報として取り込んで、信じて、信じ切って、その後何十年も生きていくのだ。



あまりにも小さいきっかけ。


でも、小さい私は悲しかった事を思い出した。



本心ではない母の言葉で幼いなりに傷ついて、そのままここまで引っ張っている。



かわいいね⇨ありがとう



と受け取れば、小さな私は悲しまない。



かわいいね⇨ありがとう



と受け取れば、あの親、空気読めない、ちょっと変わってるよね、、。


とヒソヒソ話されるのが嫌で反対の事を言わなくてはいけないのかな?



なんかおかしいよね。



なんだ?日本語。



英語ならTHANKSで終わるよね。




この風習とあいまいな表現が、日本人のアイデンティティーをぼやかしていると思うんだなー。



かわいいね⇨かわいいんです♬



かわいいね⇨ありがとう



でいいじゃない。



最近、



かわいいね⇨かわいいです!



ってパパや若者夫婦が増えてきた。



私はこういう人達に出逢うと安心する。



親バカなんです。っていわれると安心する。



親バカ全開でいいのです。



かわいいね⇨には直球でありがとうと受け取ればいいのです。


わざわざ変換させて複雑にして幼い子に歪んだ情報を渡さなくてよいのです。



かわいいね



好きやで




愛してる



と言われ続けて、なんかわからんけど、根拠のない自信がある子どもになればいいのです。



根拠のない自信。



自分は大丈夫だ。



自分は失敗しても大丈夫だ。



なぜって



私だから、僕だから、と。根拠のない自信を育てる事が大事なんです。



その自分がこの先何十年も、自分を支えてくれるのです。



そんなアイデンティティーをもつ若者が世界へ出ていくのです。



世界を動かしていくのです。




人間のもっているポテンシャルを塞いではいけません。



多くの場合、このポテンシャルを塞いでしまうのは、残念ながら、親自身だったり、教育者と言われる立場の人だったりします。

なので


どんな人に出会っても



折れない自分でいれるような




根拠のない自信が必要なのです。





娘を抱っこしてると




かわいいなーって言われた。よし、さっそくおためしだ!
とおもったらすかさずパパが

「かわいいんですわ、たまりませんわ」


と速攻でかえしてた。なんやったら、さらに言いたげだった。


コイツ、、、



完全に負けた気になった。



空気を読まない勇気が必要なのです。



根拠のない自信といいましたが




根拠はあります。




根拠は愛です。




うちの子最高なんです、って言えるには、親自身が自分に向き合う必要があるのです。







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